生成AIを業務に取り入れる会社が急増していますが、トラブルの原因はツールそのものではなく、「入れてよい情報」と「任せてよい判断」の線引きが社内で決まっていないことにあります。結論から言えば、押さえるべきは
①個人データの入力
②機密情報・著作権
③採用や人事評価への利用
の3点で、いずれも就業規則と生成AI利用規程の整備で相当程度コントロールできます。今回は、社労士の視点から実務上の注意点と具体的な対策を解説します。
1. なぜ今、生成AIの「社内ルール」が必要なのか?
法的拘束力のあるルールが未整備でも、行政指導や損害賠償の対象にはなり得るためです。
総務省・経済産業省は2026年3月31日に「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」を公表しました。第1.2版では、自律的に業務を進めるAIエージェントや物理世界で動作するフィジカルAIが新たに対象へ加えられ、外部に影響を及ぼす操作の前に人間が最終判断できる仕組み(ヒューマン・イン・ザ・ループ)を組み込むことが明記されています。
同ガイドラインに直接の罰則はありません。しかし経済産業省が2026年4月に公表した「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き」では、同ガイドラインがAI事業者の不法行為責任を判断する際の参考になり得ることが示されています。つまり「ガイドラインを守っていなかった」という事実が、後日の紛争で会社に不利に働く可能性があるということです。
社員が個人の判断で無料の生成AIサービスに顧客情報を貼り付けている——この状態を放置していること自体が、すでにリスクだとお考えください。
2. 生成AIの業務利用で押さえるべき3つのリスクとは?
①個人データの入力、②機密情報・著作権、③人事労務上の判断への利用、の3つです。
① 個人データをプロンプトに入力するリスク
個人情報保護委員会は「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(令和5年6月2日)で、あらかじめ本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを入力し、それが応答結果の出力以外の目的(機械学習など)で取り扱われる場合、個人情報保護法違反となる可能性があると指摘しています。
実務上のポイントは、利用するサービスが入力データを学習に使わない設定・契約になっているかの確認です。無料プランや個人アカウントでは学習利用が前提となっている場合があり、その場合は第三者提供(法27条)、サービス事業者が海外にあれば外国第三者提供(法28条)の問題が生じ得ます。
② 機密情報・著作権のリスク
技術情報や未公開の経営情報を入力すれば、不正競争防止法上の営業秘密としての「秘密管理性」が失われるおそれがあります。また、AIの出力が既存の著作物と実質的に類似していれば、生成物をそのまま社外に公開することで著作権侵害となる可能性があります。
③ 人事労務上の判断への利用リスク
採用の合否、人事評価、懲戒処分の判断をAIの出力に依拠させることは、労務管理上もっとも慎重を要する領域です。詳細は第4章で解説します。
3. 社労士と経営者の会話
経営者「うちも業務効率化でAIを入れました。人事部が履歴書をAIに読ませて要約させているんですが、これは問題ありますか」
社労士「2つ確認させてください。1つ目は、使っているAIサービスが入力内容を学習に使わない契約になっているか。2つ目は、応募者に対して個人情報の利用目的をどう通知しているかです」
経営者「無料版を使っていると思います……。利用目的は求人票に『採用選考のため』とだけ」
社労士「まずそこが危険です。無料版は入力内容を学習に使う設定になっていることがあり、その場合は応募者の個人データを外部に提供したのと同じ評価になり得ます。個人情報保護委員会も、機械学習に利用されないことを十分に確認するよう注意喚起しています」
経営者「では法人向けの有料プランに切り替えれば大丈夫ですか」
社労士「入口の問題は解消に近づきます。ただ、もう一つ大きな論点があります。AIに履歴書の全文を読ませて『総合評価』まで出させていませんか」
経営者「……実は、点数まで付けさせています。人手が足りないので」
社労士「そこは切り分けが必要です。厚生労働省の『公正な採用選考の基本』では、本籍・家族・住居状況・思想信条など、応募者の適性・能力と関係のない事項を採否の判断に用いないこととされています。職業安定法第5条の5と平成11年労働省告示第141号でも、社会的差別の原因となるおそれのある個人情報の収集は原則として認められません」
経営者「AIは家族構成を見て判断した、なんて出力しませんよね」
社労士「そこが怖いところです。出力には理由が書かれないので、関係のない情報が判断に混入していても検証できない。だからこそAIには要約や整理までを任せ、合否の判断は必ず人が行う。この線引きを規程に書いておくことが対策になります」
経営者「評価や懲戒も同じですか」
社労士「同じです。人事評価や懲戒処分は労働者の地位に直結しますから、AIの出力はあくまで参考資料。最終判断者と判断根拠を人の側に残しておかないと、後日の紛争で説明ができません」
4. 労務管理の観点から特に注意すべき場面はどこか?
採用選考・人事評価・懲戒・労働時間管理の4場面です。
| 場面 | 注意点 |
|---|---|
| 採用選考 | 応募書類に記載された適性・能力と無関係な情報が、AIの総合評価に混入するおそれ。AIは要約・整理までとし、合否判断は人が行う |
| 人事評価 | 評価根拠の説明責任は会社に残る。AIの出力をそのまま評価結果とせず、評価者による確認プロセスを制度上明記する |
| 懲戒処分 | 事実認定をAIに委ねない。就業規則の該当条項と認定事実は人が特定する |
| 労働時間管理 | 従業員が個人アカウントで業務にAIを使う「シャドーAI」は、業務実態の把握を困難にする。会社が認めるツールを明示する |
5. 会社が取るべき5つの対策
生成AI利用規程を整備する——入力禁止情報(個人データ・営業秘密・顧客情報)、利用を認めるサービス、出力物の確認手順を明文化します。
就業規則との接続を確認する——服務規律に「会社が許可しない外部サービスへの業務情報の入力禁止」を位置づけ、違反時は既存の懲戒規定で対応できる状態にします。新たな懲戒事由を設けるより、既存条項との整合を確保するほうが実務は安定します。
利用するサービスの契約条件を確認する——入力データを学習に利用しない設定・契約か、サーバーの所在地はどこかを、導入前にチェックします。
最終判断は人が行うルールを明記する——特に採用・評価・懲戒については、AIの出力を「参考資料」と位置づけ、判断者を特定します。
教育と記録を残す——ルールを配布するだけでは足りません。研修の実施記録と、従業員からの同意・確認書を残しておくことが、万一の際の会社の防御になります。
よくある質問(FAQ)
Q. 生成AIの利用ルールは、就業規則に定める必要がありますか。 A. 服務規律として位置づける場合は就業規則本体または附属規程での整備が適切です。別規程とする場合も、就業規則から委任する形にしておくと懲戒との接続が明確になります。
Q. 従業員が個人のアカウントで業務にAIを使っています。禁止できますか。 A. 業務情報の入力を伴う利用は、服務規律として制限することが可能です。ただし禁止だけでは形骸化するため、会社として利用できる環境を用意したうえでルール化するのが実務的です。
Q. AIが作成した文書を社外に出しても問題ありませんか。 A. 出力内容の正確性と、既存著作物との類似性を人が確認したうえで公開してください。AIが生成したという事実は、誤りや権利侵害があった場合の会社の責任を免れさせるものではありません。
Q. 有料の法人向けプランなら個人情報を自由に入力してよいのですか。 A. いいえ。学習利用がなされない契約であっても、取得時に特定した利用目的の範囲内であることの確認は別途必要です。
まとめ
生成AIの業務利用でトラブルになるのは、技術ではなくルールの空白です。
①入れてよい情報の線引き
②任せてよい判断の線引き
③最終責任は人にあるという原則
——この3点を利用規程と就業規則に落とし込むことが、最短かつ確実な対策になります。自社の運用が現行の就業規則と整合しているかご不安な場合は、社会保険労務士にご相談ください。
(出典:総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」令和8年3月31日/経済産業省「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き」2026年4月/個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」令和5年6月2日/厚生労働省「公正な採用選考の基本」/職業安定法第5条の5、平成11年労働省告示第141号)
執筆:社会保険労務士法人WILL 山本達矢



