2026年12月1日、改正公益通報者保護法が施行されます。最初にお伝えしたいのは、「従業員300人以下だから努力義務」という理解は半分しか正しくないという点です。
体制整備義務の対象は300人超の事業者です。しかし、法人に3,000万円以下の罰金を科す直罰規定と、通報後1年以内の解雇・懲戒を公益通報を理由とするものと推定する規定は、企業規模に関係なく適用されます。小規模な会社でも、通報の直後に人事措置を行えば、会社側が「通報とは無関係」であることを立証しなければなりません。
今回は、社労士の視点から5つの見直しポイントを解説します。
1. 2026年12月1日、何が変わるのか
公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)は、令和7年6月4日に成立し、同年6月11日に公布されました。施行は令和8年12月1日です。消費者庁の改正法律案の概要によれば、改正の柱は次の5つです。
■① 解雇・懲戒への直罰(第21条・第23条)
公益通報を理由に解雇・懲戒をした者に、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金。法人は3,000万円以下の罰金(両罰)。
■② 不利益取扱いの推定(第3条)
通報後1年以内の解雇・懲戒は、公益通報を理由とするものと推定。民事訴訟で立証責任が転換。
■③ 通報妨害の禁止(第11条の2)
正当な理由なく、通報をしない旨の合意を求める等を禁止。違反した合意は無効。
■④ 通報者探索の禁止(第11条の3)
正当な理由なく、通報者を特定することを目的とする行為を禁止。
■⑤ 保護対象の拡大(第2条・第5条)
フリーランス(特定受託業務従事者)を追加。業務委託終了から1年以内の者も対象。
あわせて、体制整備義務(第11条)には労働者等への周知義務が例示として明示され、行政には立入検査権限と命令権が新設されました(第15条の2・第16条)。命令違反、報告懈怠、虚偽報告、検査拒否は、いずれも30万円以下の罰金(両罰)です。
2.【最重要】「300人以下だから関係ない」が通らない理由
顧問先への説明で、最も多くいただく質問がこれです。「うちは300人もいないから、今回の改正は関係ないですよね」。答えは「体制整備については、そのとおりです。ただ、それ以外は関係あります」です。義務の対象範囲と、罰則の適用範囲が違うためです。整理すると次のとおりです。
■300人超は義務、300人以下は努力義務
・体制整備義務(第11条)
・従事者指定義務(第11条第1項)
■規模に関係なく、すべての事業者に適用
・解雇・懲戒への直罰(第21条・第23条)
・不利益取扱いの推定(第3条)
・通報妨害の禁止(第11条の2)
・通報者探索の禁止(第11条の3)
体制整備は努力義務でも、通報を理由に不利益な取扱いをすれば、罰則と推定規定の対象になります。「窓口を作る義務がない」ことと「通報者を不利益に扱ってよい」ことは、別の問題です。
さらに注意すべきは、「不利益な取扱い」の範囲です。改正後の法定指針では、不利益な取扱いの具体例が地位・人事・経済待遇・精神生活面に分けて列挙されています。派遣契約や業務委託契約の解除、有期契約の不更新、役員報酬の減額まで含まれており、解雇だけの問題ではありません。
3.【実体験として】通報の直後に、異動を止めた話
当法人では、顧問先向けに外部の相談窓口を受託しています。そのなかで、いまでも思い出す案件があります。
ある製造業の顧問先で、現場の社員から窓口に相談が入りました。「安全基準を満たさないまま作業が続いている」という内容です。労働安全衛生法に関わる内容でしたので、会社に報告し、調査に入っていただきました。
その打ち合わせの終わりごろ、社長が何気なくこう言われたのです。
「そういえば、あの社員、来月から別の部署に異動させる予定なんです」
私は一瞬、手が止まりました。そして確認しました。
「その異動は、いつ決まったものですか」
「ああ、夏ごろから部長と話していました。本人の希望も少し入っていますよ」
異動は、通報の前から検討されていたのです。内容としても不利益なものではありませんでした。問題は、辞令のタイミングが通報の直後になることでした。
そこで、次に確認したのは1点でした。
「その異動を検討したことが分かる記録は、残っていますか」
残っていませんでした。部長と社長の口頭でのやりとりだけです。
結果として、異動は3か月延期していただきました。その間に人事異動の検討経緯を議事録として整備し、本人にも異動の趣旨を書面で説明したうえで発令しました。本人からの異議はありませんでした。
このとき私が申し上げたのは、「正しい人事であっても、タイミングと記録がなければ報復と受け取られる」ということでした。
2026年12月以降、この構図はさらに重くなります。もしこれが解雇や懲戒であれば、第3条の推定規定が働き、会社が「通報とは無関係である」ことを立証しなければなりません。口頭での検討経緯では、到底足りません。
※一部内容は変えています。
4. 社労士と経営者の会話
経営者「12月の改正ですが、うちは従業員60人です。体制整備は努力義務ですから、当面は様子見でよいですよね」
社労士「体制整備は、そのとおりです。ただ、罰則と推定規定には規模の要件がありません。法人に3,000万円以下の罰金という直罰も、60人の会社に同じように適用されます」
経営者「3,000万円……。それは、通報した社員を解雇したら、ということですか」
社労士「はい。しかも通報から1年以内の解雇・懲戒は、公益通報を理由とするものと推定されます。会社が『無関係だ』と立証しない限り、報復と扱われます」
経営者「1年は長いですね。業績不振で希望退職を募ることになったら、通報した社員は対象にできないのですか」
社労士「正直、そこは一番悩ましいところです。対象から外せば、ほかの社員から見て不公平になりかねません。対象に入れれば、推定が働きます。私なら、まず人選基準が通報より前の日付で文書になっているかを確認します。そこが固まっていれば、対象に入れても説明はできます」
経営者「固まっていなかったら?」
社労士「その場合は、ケースによりますが、実施時期を含めて一度立ち止まることをお勧めします。急いで進めて争いになるほうが、会社の負担はずっと大きいですから」
経営者「なるほど。解雇以外にも気をつけることはありますか」
社労士「『不利益な取扱い』は解雇だけではありません。改正後の指針には、配置転換、評価、役員報酬の減額、業務委託契約の解除、有期契約の不更新まで例示されています」
経営者「業務委託の解除も入るのですか。うちは外注先が何社かありますが」
社労士「今回、フリーランスが保護対象に加わりました。業務委託が終了してから1年以内の方も対象です。外注先の方からの通報も、同じ保護を受けます。外注先との契約見直しのタイミングは、少し注意して見ておいたほうがよいと思います」
経営者「では、今から何をすればよいでしょう」
社労士「まず就業規則の懲戒規定を見てください。通報者探索や通報妨害を、懲戒事由に位置づける必要があります。次に、窓口の有無にかかわらず『通報を理由に不利益に扱わない』ことを文書で明示してください」
経営者「窓口がないのに、宣言だけ出すのですか」
社労士「それでも意味はあります。宣言があれば、社員は社内で言いやすくなります。社内で受け止められなかった通報が外部に出るのが、会社にとって最も損失の大きい形です」
5. 企業が今すぐ見直すべき5つのポイント
(1) 就業規則・服務規律の懲戒規定
改正後の法定指針では、懲戒等の対象行為として、範囲外共有・通報者探索に加えて通報妨害行為が追加されました。これらを懲戒事由として位置づけておく必要があります。
(2) 人事措置の記録
冒頭の事例のとおり、推定規定への備えは記録しかありません。配置転換、評価、契約更新の判断について、基準と検討経緯を日付入りで残す運用に切り替えてください。口頭で決めたことを文書にする習慣が、そのまま会社の防御になります。
(3) 従事者の指定方法
300人超の事業者は、従事者を書面など本人に地位が明らかになる方法で指定する必要があります。あわせて、守秘義務(第12条)と罰則(第22条、30万円以下の罰金)の対象となり得ることも、本人に明らかにしなければなりません。
(4) 周知の対象範囲
改正後の指針では、周知・教育の対象に、退職者、特定受託業務従事者(フリーランス)とその元従事者が加わりました。業務委託契約書への記載や、退職時の案内への追記を検討してください。
(5) 相談窓口の実効性
窓口を設置している場合、組織の長からの独立性と利益相反の排除が求められます。たとえば総務部長が窓口で、通報内容が総務部長に関わる場合はどうするか。小規模な会社ほど、この穴が残りがちです。外部窓口の活用が有効なのは、こうした場面です。
よくある質問(FAQ)
Q. 従業員300人以下なら、何もしなくてよいのですか。
A. 体制整備は努力義務です。ただし、通報を理由とする解雇・懲戒への直罰、不利益取扱いの推定、通報妨害・通報者探索の禁止は、規模に関係なく適用されます。
Q. 退職した社員からの通報も保護されますか。
A. 退職から1年以内の方は保護対象です。フリーランスについても、業務委託が終了してから1年以内の方が対象になります。
Q. 通報者が誰か調べることは一切できないのですか。
A. 正当な理由がある場合は認められます。ただし、消費者庁の資料でも、正当な理由が認められる場面は非常に限定的とされています。公益通報者を特定しなければ必要性の高い調査ができない場合などに限られます。
Q. 通報をしない旨の合意書に署名をもらってあります。有効ですか。
A. 第11条の2により、正当な理由なく通報をしない旨の合意を求める行為は禁止されます。違反して行われた合意等の法律行為は無効です。既存の書面は見直してください。
まとめ
今回の改正で押さえるべきなのは、体制整備は規模で分かれても、罰則と推定規定は分かれないという点です。
冒頭の事例の会社は、結果的に3か月の延期で済みました。12月以降、同じことが解雇や懲戒で起きれば、延期では済みません。まずは直近1年の人事措置について、検討の記録が残っているかを確認するところから始めてください。
就業規則の見直しや外部窓口の設置についても、ご相談を承っています。



