【2026年10月施行】カスハラと正当なクレームの境界線|社労士が事例で解説

【2026年10月施行】カスハラと正当なクレームの境界線|社労士が事例で解説

法改正情報
社会保険労務士法人WILL 山本達矢更新

2026年10月1日施行のカスハラ防止法。カスハラと正当なクレームの境界線を、厚労省指針と解釈事項Q&Aをもとに社労士が解説します。判断の2つの視点、5つのポイント、判断に迷うボーダー事例、事業主が10月までに整えるべき措置まで具体的に整理しました。

2026年10月1日から、すべての事業主にカスタマーハラスメント(カスハラ)防止措置が義務づけられます。ただし「クレーム=カスハラ」ではありません。境界線は、①言動の内容②手段や態様の2つの視点で、社会通念上許容される範囲を超えているかどうかで判断します。しかも、どちらか一方だけが範囲を超えていても該当し得るというのが、実務上もっとも誤解されやすい点です。今回はカスハラの境界線について解説します。

1. 2026年10月1日、全事業主にカスハラ対策が義務化

改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)により、カスハラ防止措置が事業主の義務となります。厚生労働省は2026年2月26日に指針(令和8年厚生労働省告示第51号)を告示し、同年4月24日には解釈事項Q&A(全41問)を公表しました。

パワハラ防止法のときのような中小企業の猶予期間はありません。労働者を1人でも雇用していれば対象です。直接の罰則はないものの、報告徴収・助言・指導・勧告、そして企業名公表の対象となります。

2. カスハラの定義──3つの要素

指針は、次の3要素をすべて満たすものをカスハラと定義しています。

要素内容
①顧客等の言動顧客、取引先担当者、施設・サービス利用者とその家族、潜在顧客、近隣住民まで含む
②社会通念上許容される範囲を超える「言動の内容」または「手段や態様」が相当性を欠く
③就業環境が害される平均的な労働者を基準に、就業上看過できない支障が生じる

電話・メール・SNS上の言動も含まれます。また、訪問看護や訪問介護のように利用者宅で業務を行う場合、その利用者宅も「職場」に当たります(Q&A問3)。

3. 境界線を分ける5つのポイント

ポイント①:要求に理由があるか 商品・サービスの不備を前提とした要求は正当です。一方、理由のない要求、商品と無関係な要求、契約内容を著しく超える要求、対応が著しく困難・不可能な要求、不当な損害賠償要求は範囲外です。

ポイント②:手段・態様が相当か 暴行、脅迫、中傷、侮辱、暴言、土下座の強要、威圧的な言動、執拗な繰り返し、居座り・不退去は、要求の中身が正当でもアウトです。

ポイント③:片方だけでも該当し得る 「言い分は正しいが伝え方が異常」「口調は穏やかだが要求が異常」──どちらもカスハラになり得ます。ここが最大の分岐点です。

ポイント④:自社側の落ち度も考慮される Q&A問4は、事業主・労働者側の不適切な対応が言動の原因・背景となっている場合に留意すべきとしています。「相手が悪い」で終わらせず、原因分析までが対策です。

ポイント⑤:判断するのは事業主自身 Q&A問6で、都道府県労働局は個々の事案の該当性判断を行わないと明記されました。自社で判断基準を持つほかありません。

4. 社労士と事業主の会話

事業主「うちは飲食店で、味が薄い、接客が悪いというクレームは日常茶飯事です。あれも全部カスハラ扱いになるんですか」

社労士「いいえ。商品やサービスへの正当な指摘は改善の材料であって、カスハラではありません。分かれ目は2つだけです。要求の中身が契約の範囲か、そして伝え方が社会常識の範囲か」

事業主「では、料理に髪の毛が入っていたという苦情は」

社労士「完全に正当なクレームです。ただし、その場で謝罪して代替品を出したのに、翌日から毎日電話が来て、店長に土下座を求め、従業員の顔写真をSNSに上げる。ここまで来ると別物です。原因が正当でも、手段が明らかに範囲を超えています」

事業主「途中から線を越える、と。現場は迷いませんか」

社労士「だからこそ対処の内容を先に決めておくんです。『同じ要求が繰り返されたら管理者に交代』『一定時間で退店を求める』『犯罪に当たる言動は警察へ通報』。基準を紙で持たせれば、店員が一人で判断せずに済みます」

事業主「従業員が1人しかいない時間帯はどうすれば」

社労士「Q&A問15が想定しています。十分説明したうえで要求が続くなら、一定時間の経過をもって退店を求める、電話を切る、本部に指示を仰ぐ。これを対処内容として定めておけば足ります」

5. ボーダーとなる事例と解説

事例A:料金説明のミスを1時間問い詰められた 説明ミスは自社の落ち度であり、指摘自体は正当です。しかし閉店後も居座り、担当者を帰さない行為は「拘束的な言動」に当たります。→ 原因が自社にあってもカスハラに該当し得ます。同時に、説明手順の見直しという原因解消の取組も必要です。

事例B:介護施設で家族が「なぜ転倒させた」と繰り返し説明を求める 事故の説明を求めること自体は正当です。一方、深夜に何度も電話し、特定職員の解雇を要求すれば、対応が困難な要求+執拗な言動として該当する可能性があります。→ 説明責任は果たしつつ、窓口と時間帯を組織として定めるのが実務対応です。

事例C:店内で従業員を無断撮影された Q&A問5は、無断撮影のすべてが直ちにカスハラではないとしつつ、やめるよう言われても撮影を続ける行為は「精神的な攻撃」に当たり得るとしています。→ 撮影の一事ではなく、制止後の継続性で判断します。

6. 10月までに整えるべき10項目

方針の明確化と周知/対処内容の明確化と周知/相談窓口の設置/担当者が適切に対応できる体制/事実関係の迅速・正確な確認/被害者への配慮措置/再発防止措置/特に悪質な事案への対処方針と体制(警告文の発出、出入禁止等)/プライバシー保護/相談等を理由とする不利益取扱いの禁止。

就業規則については、既存の服務規律・懲戒規定で対応できるならカスハラ独自条項の新設は必須ではありません(Q&A問19)。ただし実務上は、明記しておくほうが運用は安定します。

よくある質問(FAQ)

Q. まだ何も購入していない人の言動もカスハラになりますか。 A. なります。今後利用する可能性のある潜在的な顧客も「顧客等」に含まれます(Q&A問1)。近隣住民も同様です(問2)。

Q. 顧客対応のない部署にも周知は必要ですか。 A. 必要です。所属部署や雇用形態を問わず、雇用するすべての労働者が周知の対象です(Q&A問9)。

Q. たった1回の言動でも該当しますか。 A. 強い身体的・精神的苦痛を与える態様であれば、1回でも就業環境を害したと評価され得ます(Q&A問27)。

まとめ

境界線は「内容」と「手段」の2軸です。正当なクレームを萎縮させず、越えた瞬間に組織で守る。この線引きを社内基準として文書化し、全従業員に周知しておくことが、2026年10月に向けた最短ルートです。判断に迷う事例は、業種の実態を踏まえて社会保険労務士にご相談ください。

(出典:厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」令和8年厚生労働省告示第51号、「ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について」令和8年4月24日)

執筆:社会保険労務士法人WILL 山本達矢

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