生成AIを「使わない」より「正しく使う」時代へ
ChatGPTをはじめとする生成AIは、今や企業の業務にも身近な存在となっています。
メールの文章作成、会議録の要約、求人原稿の作成、社内文書のたたき台作成、アイデア出しなど、さまざまな業務で活用できます。
一方、企業が生成AIを業務で利用する場合には、「便利だから自由に使ってよい」というわけではありません。
特に人事・労務の分野では、従業員の個人情報、給与情報、健康情報、人事評価など、慎重な取り扱いが必要な情報を扱います。
総務省・経済産業省は2026年3月に、「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」を取りまとめています。
「AIを会社で使う場合、何に注意すればいいの?」
という経営者や担当者の疑問に答える形で、社労士の視点から解説します。
参考:経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/20260331_report.html?utm_source=chatgpt.com
1.最も注意したいのは「個人情報を入力すること」
生成AIを業務で利用する際、まず注意したいのが個人情報や機密情報の入力です。
例えば、
従業員の氏名・住所
生年月日
給与・賞与の金額
マイナンバー
健康診断結果
病歴・傷病に関する情報
人事評価
顧客情報
未公開の経営情報
取引先の秘密情報
などです。
特に人事・労務担当者が、
「この従業員の評価についてAIに分析してもらおう」
と考えて、氏名や評価情報をそのまま入力するような使い方には注意が必要です。
個人情報保護委員会も、生成AIサービスの利用について注意喚起を行っています。
個人情報を含むプロンプトを入力する場合、生成AIサービスの提供事業者が、その個人データを機械学習に利用しないことなどを十分確認するよう求めています。
参考:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」
https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/?utm_source=chatgpt.com
会社として「入力してよい情報・ダメな情報」を決める
例えば、
「個人を特定できる情報は原則として入力しない」
という社内ルールを設定します。
「山田太郎さんの給与を分析してください」ではなく、
「30代・営業職・月給○万円という条件で、一般的な給与水準を分析してください」
というように、匿名化・抽象化して利用することが基本です。
2.AIの回答を「正解」だと思わない
生成AIは非常に便利ですが、回答が常に正しいとは限りません。
特に注意したいのが、もっともらしい間違いです。
例えば、
「労働基準法では○○が義務付けられています」
とAIが回答しても、それが本当に正しいとは限りません。
法律、社会保険、助成金、就業規則などの分野では、AIの回答をそのまま顧客への説明に使用するのは危険です。
社労士の実体験
私自身も生成AIを業務で利用しています。
その中で、一見すると非常に説得力のある回答だったものの、法令や公的資料を確認すると細かな部分で正確ではない回答が含まれていたことがありました。
この経験から、私はAIを、
「専門家の代わり」ではなく「優秀な下書き担当者」
として利用するようにしています。
AIに文章のたたき台を作らせる。
その後、法令、通達、行政機関の資料などを人間が確認する。
この役割分担が重要です。
3.生成AIに「人事評価」を任せても大丈夫?
ここは経営者にとって特に重要なポイントです。
例えば、
「この社員のメール、勤務態度、営業成績をAIに分析させて、昇給させるべきか判断してもらおう」
という使い方です。
AIを人事評価の補助に利用することは考えられますが、AIの評価結果だけを根拠として昇給、降格、配置転換、懲戒などの重要な人事判断を行うことには慎重さが必要です。
経営者と社労士の会話
経営者:
「AIに社員の評価をさせたら、人事評価がかなり楽になるんじゃないですか?」
社労士:
「補助的に使うことは考えられます。ただ、AIの評価をそのまま昇給や降格の判断に使うのはおすすめしません。」
経営者:
「なぜですか?」
社労士:
「AIがどのような基準で評価したのか、データに偏りがなかったのか、本人に説明できるのかという問題があるからです。」
経営者:
「では、どう使えばいい?」
社労士:
「AIには評価項目の整理や評価コメントの下書きをさせて、最終判断は上司や会社が行う。この使い方が現実的です。」
つまり、AIに「判断」を丸投げするのではなく、人間の判断をAIで補助するという考え方が重要です。
4.生成AIで作った文章や画像なら自由に使える?
これもよくある誤解です。
「AIが作ったものだから著作権は関係ない」
とは必ずしもいえません。
文化庁は2024年3月に「AIと著作権に関する考え方について」を取りまとめ、生成AIと著作権の関係について整理しています。
例えば、
他社の記事をそのままAIに読み込ませる
特定の著作者の作品に酷似した画像を作成する
AIが生成した文章を確認せず自社の記事として公開する
といった場合には注意が必要です。
企業としては、AIで生成したコンテンツについても、人間による確認を行う仕組みを設けておくとよいでしょう。
参考:文化庁「AIと著作権について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/aiandcopyright.html?utm_source=chatgpt.com
5.会社として「生成AI利用ルール」を作る
企業として最も現実的な対策は、生成AIを禁止するのではなく、利用ルールを決めることです。
例えば、次のようなルールが考えられます。
①入力禁止情報を決める
マイナンバー
顧客の個人情報
従業員の健康情報
未公開の機密情報
②必ず人間が確認するものを決める
法律・制度に関する回答
数字・統計
引用元
外部公開する文章
③AIに最終判断させないものを決める
採用・不採用の最終判断
人事評価の最終判断
解雇・懲戒処分の判断
④従業員教育を行う
「AIを使ってはいけない」ではなく、
「何を入力してはいけないのか」
「AIの回答をどのように確認するのか」
を従業員に教育することが重要です。
6.2026年の企業に必要なのは「AI禁止」ではない
生成AIを全面的に禁止するだけでは、今後の企業経営には対応しにくくなるでしょう。
重要なのは、
「AIを使わせない」から「安全にAIを使わせる」へ
という発想です。
総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」でも、AIの適切な活用に向けた考え方が整理されています。
企業としては、
AIを使うメリットを活かしながら、情報漏えい・誤情報・権利侵害などのリスクを管理する
という考え方が重要になります。
まとめ|生成AIは「禁止」ではなく「ルール化」が重要
生成AIは、企業の生産性を大きく向上させる可能性があります。
一方、人事・労務分野では、個人情報、機密情報、誤情報、人事評価、著作権など、さまざまなリスクがあります。
企業が最低限押さえておきたいポイントは次の5つです。
個人情報・機密情報を安易に入力しない
AIの回答を鵜呑みにしない
人事・労務上の重要な判断をAIに丸投げしない
著作権に注意する
会社として生成AIの利用ルールを定める
これからの労務管理では、「AIを使うか、使わないか」ではなく、
「会社として、どのようなルールでAIを使うのか」
が重要になってくるでしょう。



