2026年10月1日、パートタイム・有期雇用労働法の施行規則が改正され、パート・有期雇用労働者の雇入れ時に明示すべき労働条件が1項目追加されます。追加されるのは「通常の労働者との待遇の相違等に関する説明を求めることができる旨」。対象はパート・有期雇用労働者を雇用するすべての事業主で、企業規模による違いはありません。明示を怠った場合、10万円以下の過料の対象になる可能性があります。
ただし、実務上の本丸は過料ではありません。「書いていなかったから揉めた」を契約書一枚でどこまで防げるか——今回はここから逆算していきます。
改正の3本柱を整理する
今回の改正の柱は、①雇入れ時の労働条件明示事項の追加、②同一労働同一賃金ガイドラインの見直し、③雇用管理指針の見直しの3つです。実務上の優先度は、①が突出しています。
| 改正項目 | 内容 | 実務インパクト |
|---|---|---|
| ① 労働条件 明示事項の追加 | 「待遇の相違等について説明を求めることができる旨」+申出先窓口 | 法的義務 様式改訂が必須 |
| ② 同一労働 同一賃金GL | 賞与・退職手当・家族手当・住宅手当・休暇等の考え方を具体化 | 待遇設計そのものの点検 |
| ③ 雇用管理指針 | 説明方法の明確化、公正な評価、正社員転換の周知 | 運用ルールの整備 |
適用のタイミングに注意
対象は施行日以降の雇い入れですが、有期労働契約の更新も「雇い入れ」に含まれます。10月1日以降は契約更新の際にも新様式が必要です。一方、施行日前から雇用している既存のパート・有期社員へ通知書を一斉に出し直す義務まではありません。
「一文足せば終わり」ではない理由
顧問先とのやりとりから
経営者
うちのパートの契約書、10月から一文追加すればいいんですよね。ひな形を差し替えて終わり、でしょう?
社労士
形式的にはそうです。ただ、その一文は「説明を求めていいですよ」と会社から従業員にお知らせする文章なんです。書いた以上、実際に聞かれます。
経営者
……聞かれたら、どう答えるんですか。
社労士
そこが本題です。書面に一文を加えるだけでは足りず、従業員が実際に説明を求めたとき、会社は正社員との待遇差の内容と理由を具体的に説明できなければなりません。賞与、退職手当、家族手当、住宅手当、休暇、福利厚生を事前に点検しておく必要があります。
経営者
「パートだから賞与なし」では通りませんか。
社労士
厳しいですね。賞与や退職手当の目的がパート・有期雇用労働者にも当てはまるにもかかわらず、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた内容を支給しない場合、不合理と認められる可能性があると明記されました。まず自社の賞与が「何の対価か」を言語化するところからです。
逆算のフレーム:トラブル類型 × 契約書の記載
労務トラブルは、ほぼ例外なく「言った・言わない」から始まります。逆に言えば、紛争になりやすい論点を先に書き切っておけば、その論点は争点にならない。代表的な3類型を対応関係で示します。
起きがちな労務トラブル雇用契約書で先回りする記載
待遇差を説明できないパート・有期の不満が表面化
▶
説明を求められる旨申出先の窓口まで明記する
雇止め・更新をめぐる争い有期契約の終了時に多発
▶
更新の有無と判断基準通算上限・無期転換の案内
「聞いていない」問題配置転換・業務変更で衝突
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変更の範囲の明示就業場所と業務の将来範囲
この発想を広げると、契約書に落とすべき論点は次のように整理できます。
| トラブル類型 | 典型的な発生場面 | 契約書に入れるべき記載 |
|---|---|---|
| 待遇差 | 賞与・手当の不支給に不満 | 説明を求められる旨+申出先の部署・担当者・連絡先 |
| 雇止め | 更新拒否で紛争化 | 更新の有無、更新の判断基準、通算契約期間の上限、無期転換申込機会 |
| 配置転換 | 「そんな異動は聞いていない」 | 就業場所・従事すべき業務の変更の範囲 |
| 残業代 | 固定残業代の有効性を争われる | 固定残業代の金額・対応時間数・超過分は別途支給する旨 |
| カスハラ | 顧客対応で疲弊し離職 | 服務規律・対応方針を就業規則にリンクさせる条項 |
| 退職時 | 貸与物・秘密情報のトラブル | 退職手続、返還義務、秘密保持 |
同日施行のカスハラ対策とセットで
2026年10月1日には、改正労働施策総合推進法によるカスタマーハラスメント防止措置と、改正男女雇用機会均等法による求職者等へのセクシュアルハラスメント防止措置も、すべての事業主の法的義務となります(中小企業への猶予なし)。契約書・就業規則の改訂は、同じタイミングで一体的に進めるのが効率的です。
窓口の書き方でつまずかないために
顧問先とのやりとりから
経営者
窓口って、何を書けばいいんですか。「人事部」でいいですか。
社労士
厚労省のモデル様式では、部署名・担当者職氏名・連絡先を記載する形になっています。10人規模の会社で「人事部」がなければ、「総務担当◯◯」で構いません。実在して、実際に連絡がつくことが重要です。
経営者
担当者が辞めたら、契約書を全部作り直しですか。
社労士
だから役職名での記載をおすすめします。あわせて、説明の際には「資料を活用し口頭により説明する方法」または「説明すべき事項を全て記載した分かりやすい資料を交付する等の方法」のいずれかによることが必要になりますので、説明用の待遇一覧表をあらかじめ作っておくと安全です。
施行日までの実務チェックリスト
呼称ではなく所定労働時間・契約期間の有無で対象者を洗い出す
雇用区分ごとの待遇一覧表を作成(賞与・退職金・各種手当・休暇・福利厚生)
待遇差がある項目について「差の理由」を文書化する
労働条件通知書・雇用契約書のひな形に新明示事項+窓口を追加する
採用担当・更新担当への周知、人事システムのテンプレート差し替え
同時期のカスハラ・就活セクハラ対応と就業規則改訂を一体で計画する
よくある質問
Q
既存のパート従業員全員に、新しい通知書を出し直す必要がありますか。
A
一斉再交付の義務まではありません。ただし契約更新のタイミングで新様式が必要になるため、更新日の管理が実務上のポイントになります。
Q
正社員の契約書も変更が必要ですか。
A
今回追加される明示義務の対象はパート・有期雇用労働者です。ただし無期雇用フルタイム労働者もパート・有期法の適用対象ではないものの、労働契約は均衡を考慮して締結されるべきものであり、ガイドラインの趣旨を踏まえるべきであることが新たに示されています。
Q
パートに合わせるのが大変なので、正社員の手当を廃止してもよいですか。
A
おすすめしません。正社員の労働条件の不利益変更は労働契約法上の別問題を生み、かえって紛争の火種になります。
まとめ
2026年10月の改正は、契約書を「配って終わりの書類」から説明責任を果たすための起点へと位置づけ直すものです。労務トラブルは、契約締結時に書けたはずの一行を書かなかったところから生まれます。施行日までに、待遇の点検・理由の文書化・様式改訂の3点を計画的に進めておきましょう。



