冬季賞与の決定時期を迎え、「いくらにすべきか」で頭を抱える経営者の方が増えています。しかし結論から言えば、「相場」をどの数字で見るかを間違えると、判断そのものが狂います。2026年夏の賞与は、大手企業の平均が104万2,537円、一方で中小企業を含む調査では47.7万円。同じ「平均」で倍以上の開きがあります。さらに、業績悪化を理由に賃金を一方的に下げて、あっせんで過去3年分の差額を支払うことになった実例もあります。今回は、規模別の実数と、下げるときの法的な注意点を整理します。
1. 2026年の昇給相場は、結局いくらだったのか?
全体で5.01%、中小企業では4.69%です。ただし「率」より「額」で見てください。
連合の2026春季生活闘争 第7回(最終)回答集計結果によれば、平均賃金方式で回答を引き出した5,368組合の結果は次のとおりです。
| 区分 | 賃上げ額 | 賃上げ率 | 前年同時期比 |
|---|---|---|---|
| 全体(規模計) | 16,400円 | 5.01% | 率は▲0.24ポイント |
| 300人未満の中小組合 | 12,866円 | 4.69% | 額は+505円、率は+0.04ポイント |
| 有期・短時間・契約等(時給) | 75.01円 | 約6.18% | 額は+8.03円 |
注目すべきは、全体の率は前年より下がったのに、中小は上がっている点です。そして最も上昇率が高いのはパート・有期の時給(約6.18%)です。最低賃金の引上げが、下から賃金構造を押し上げている構図です。
労働組合がない企業の実態は、厚生労働省の令和7年賃金引上げ等の実態に関する調査が参考になります。
| 企業規模 | 1人平均賃金の改定額 | 改定率 |
|---|---|---|
| 5,000人以上 | 16,784円 | 5.1% |
| 1,000〜4,999人 | 15,859円 | 5.0% |
| 300〜999人 | 12,308円 | 4.0% |
| 100〜299人 | 10,264円 | 3.6% |
| 全体 | 13,601円 | 4.4% |
報道される「5%」は大企業の数字です。従業員100〜299人の層では3.6%、約1万円が実態です。自社の規模に近い行を見てください。
なお、賃金改定で最も重視した要素は全体で「企業の業績」が41.7%ですが、100〜299人規模では44.4%と、より業績への感応度が高くなっています。
2. 賞与の相場は、どの数字を見るべきか?
大手と中小で倍以上違います。混同すると判断を誤ります。
| 調査 | 対象 | 2026年夏季賞与の平均 |
|---|---|---|
| 経団連(最終集計) | 大手22業種163社 | 104万2,537円(前年比+7.04%) |
| 帝国データバンク | 全国1,043社(うち中小908社) | 47.7万円(前年比+1.8万円、中央値40.0万円) |
| 帝国データバンク(近畿地区) | 近畿地区 | 51.3万円(前年比+3.1万円) |
経団連の104万円は、大手企業の最終集計値としては1981年以降で最高額です。しかし中小企業を含む調査では47.7万円。近畿地区は51.3万円で全国平均を上回っていますので、大阪近辺の企業はこちらを目安にするのが実務的です。
さらに重要なのが、支給動向の内訳です。
増加する:37.1%
変わらない:37.2%
減少する:10.7%
賞与はない:11.0%
つまり「変わらない」が最多クラスで、約1割は賞与そのものがありません。「周りは増やしている」という前提は、必ずしも正しくありません。
ただし規模別に見ると、増加と回答した企業は大企業44.4%、中小36.0%、小規模31.4%。大企業と小規模企業の差は13.0ポイントに拡大しています。近畿地区ではこの差が21.7ポイントで、前年から10ポイント以上広がりました。
3. 【被害事例】業績悪化を理由に下げて、過去3年分を支払うことになった例
一方的な引下げは、原則として無効です。
厚生労働省の個別労働関係紛争のあっせん事例集(事例20「業績悪化を理由とする年俸の減額」)に、次の実例が収録されています。
【事例】教育業(学校法人・従業員80人)の年俸減額
この法人は、10年以上前の教員不足時に、既存学科の教員について前職給与に上乗せした高めの給与を設定していました。しかし学生が集まらず赤字となり、新設学科の教員との給与差も生じたため、既存学科の教員の年俸を他の教員と同水準に引き下げる旨を通知しました。
経営判断としては理解できる話です。しかし、あっせんの結果は次のとおりでした。
第2回で法人が年俸の一部回復を提案
第3回で過去3年間の差額の一定割合を一時金として支払う案が提示
回復時期、一時金の対象期間、支払期限を調整して解決
同事例集は、この法人の措置について「効力が強く疑われるもの」と評価しています。根拠として示されているのは、労働契約法第3条第1項・第8条(労働条件は労使の合意により決定・変更される)、同法第12条(就業規則の基準に達しない労働契約はその部分が無効)です。
そして同事例集は、年俸額を合意で確定した場合、使用者は年度途中で一方的に引き下げることは許されないと明記しています。
4. 賞与は「規程の書き方」で支払義務が変わる
具体的に書きすぎると、支払義務が固定されます。
厚生労働省の「確かめよう労働条件」賞与不払いの裁判例が、この点を端的に示しています。
福岡雙葉学園事件(最三小判平成19年12月18日)
期末勤勉手当の支給額が争われた事案です。最高裁は学校法人の主張を認めましたが、その決め手は規程の書き方でした。給与規程には「その都度理事会が定める金額を支給する」とあるだけで、具体的な額や算定方法が定められていなかったのです。
最高裁は、賞与の請求権は支給額が決まって初めて具体的な権利として発生すると判断しました。裏を返せば、規程に算定方法を具体的に書いていれば、その計算どおりの支払義務が生じていたということです。
大和銀行事件(最一小判昭和57年10月7日)
支給日に在籍する者にのみ賞与を支給する取扱い(支給日在籍要件)について、有効と判断されました。慣行を明文化したもので内容にも合理性があるとされています。
実務上の結論はこうです。
| 書き方 | 効果 |
|---|---|
| 「基本給の2か月分を支給する」 | 支払義務が固定される。業績悪化でも原則支払わなければならない |
| 「会社の業績および本人の勤務成績を勘案し、その都度会社が定める額を支給する」 | 支給額の決定まで請求権は発生しない |
| 「支給日に在籍する者に支給する」 | 退職者への支給義務を回避できる(要件の明記が必要) |
5. 社労士と経営者の会話
経営者「冬の賞与をどうするか悩んでいます。ニュースで『大手は100万円超』と見たので、うちは40万円では少なすぎるかと」
社労士「その104万円は経団連が大手163社を集計した数字です。中小企業を含む調査では全国平均47.7万円、中央値は40.0万円。近畿は51.3万円です。御社の40万円は中央値ちょうどですから、少なすぎるわけではありません」
経営者「中央値、ですか」
社労士「平均は高い企業に引っ張られます。半分の企業が40万円以下ということです。それに同じ調査では、賞与がない企業が11.0%、変わらないが37.2%です。『周りは増やしている』という前提自体を疑ってください」
経営者「少し安心しました。実は逆の相談もあって、昨年は業績が良かったので基本給の3か月分を出したのですが、今年は厳しいので2か月分に戻したいのです」
社労士「就業規則の賞与規定を見せてください。……『基本給の3か月分を支給する』と書かれていますね。これは危ないです」
経営者「書いてあると、下げられないのですか」
社労士「規程に具体的な月数が書かれていると、その金額の支払義務が生じていると判断される可能性が高いです。福岡雙葉学園事件で学校法人が勝てたのは、規程に『その都度理事会が定める金額』としか書いていなかったからです」
経営者「では規程を『会社が定める額』に変えれば」
社労士「変更自体は可能ですが、今期の賞与に遡って適用するのは不利益変更です。厚労省のあっせん事例集には、業績悪化を理由に年俸を一方的に下げた学校法人が、過去3年分の差額の一定割合を一時金として支払うことになった実例が載っています」
経営者「3年分……それは痛いですね」
社労士「ですから手順が大事です。今期は規程どおりに支給し、来期分から規程を改定する。そのうえで従業員に説明と周知を行ってください」
経営者「来期は何を基準に決めればいいでしょう」
社労士「3つの考え方があります。1つ目は業績連動の算式を作ること。2つ目は原資を一律配分しないこと。3つ目は、どうしても下げる場合に定期昇給は維持して賞与で調整することです」
経営者「なぜ昇給は維持するのですか」
社労士「基本給は毎月のことなので、下げると離職に直結します。賞与は年2回ですから、説明がつけば耐えられる。固定費と変動費を分けて考えるという発想です」
6. 中小企業が取るべき3つの方針
参照する数字を揃える 自社と同規模・同地域の数字を基準にします。100〜299人規模なら改定率3.6%・約1万円、近畿の賞与なら51.3万円が目安です
原資を集中させる 全員一律の配分は、最も金額がかかり定着への効果が薄い使い方です。辞められたら困る層に配分を寄せてください
規程を「決定方式」で書く 賞与は月数を固定せず、業績と勤務成績を勘案して会社が決定する形にします。支給日在籍要件も明記しておきます
よくある質問(FAQ)
Q. 2026年の昇給率の相場はいくらですか。 A. 連合の最終集計で全体5.01%、300人未満の中小組合で4.69%です。労働組合のない企業では、厚生労働省調査で全体4.4%、100〜299人規模では3.6%(約1万円)が実態です。
Q. 賞与を前年より下げることはできますか。 A. 就業規則に具体的な算定方法や月数が明記されていない場合、会社の決定によります。具体的な月数が書かれている場合は支払義務が生じている可能性が高く、下げるには規程改定と不利益変更の手続きが必要です。
Q. 賞与を支給しないことは違法ですか。 A. 賞与の支給自体は法律上の義務ではありません。就業規則や雇用契約書で支給を約束していない限り、不支給は違法ではありません。帝国データバンクの調査でも11.0%の企業が賞与なしと回答しています。
Q. 業績が悪いので、基本給を下げることはできますか。 A. 本人の同意なく一方的に下げることは原則できません。労働契約法第8条により、労働条件の変更は労使の合意が必要です。同意を得る場合も、書面で明確に残してください。
まとめ
2026年の相場を一言でまとめると、大手は過去最高水準、中小は額では伸びているが大手との差は拡大という状況です。経営判断で重要なのは、報道される大手の数字ではなく、自社と同規模・同地域の数字を基準にすることです。そして下げる必要があるときは、順序を守ってください。規程に具体的な月数が書かれていないか、改定の手順を踏んでいるか——この2点で結果が変わります。自社の賞与規定が機能する内容になっているか、冬季賞与の決定前にご確認ください。



